‥という世代の音大受験生でした
小さい頃、ツェルニー100番を弾いていて、これが終わると30番になりました
この頃から、テクニック嫌い!ツェルニー何でいるの⁈ 30番終わったらツェルニー弾かないでいいの?って思いながら💦
仕方ないから弾いていた
何しろ、人に何と言われたって当時はどうしても音大に入りたかったから、出された宿題やらない訳にいかないじゃん
ようやく30番終わった~!と思ったのも束の間、出されたのが40番
ゲッ、まだあったの⁉️ ってこれまた拷問のように毎日弾く訳よ
で、40番何とか終わった🙌もういいだろって思ったのが甘かったよね💧
はい、50番!って出されて、えっ、ツェルニーって終わらないの⁈ ってようやく事の重大さをツェルニーの巨匠性を知り始めて🤨
ほんと辛かったな、どこまで私を苦しめる⁈
こんな難しいの、こんな速く、誰が弾くの⁈
って‥思うじゃないですか?
それが、習っていた音大の先生のところには日本中から生徒が集まっていて、みんな弾く訳ですよ‥弾けちゃうの👀
(多分、私はビリッケツ、街のゆる〜い先生についていたからね、ピアノは専門にやりたい!っていつ思われてもいいように、趣味であろうと、基礎をしっかり教えてくださる先生に最初からついていないとならない!と後から知ったよね‥でも遅いのよ、もう私は中学生になってた(中学から音大の先生のところに行ったので)そこからの追い込みに入った訳です💦)
だから、門下の中で自分だけ弾けないは、自分だけ音大落ちるってことじゃん、それは嫌な訳、絶対‼︎
だから、嫌いでも仕方ない、死ぬ気で先生の課題について行こう!と、決心したのよ!もがきながら鍛錬してました
寝ても覚めてもピアノ、ピアノ、ピアノ‥高校の同級生は、私の顔見るなり、〝あっ、ピアノの子ね〟だもんね😅
ピアノ代名詞だった私‥必死だったね(もう絶対あんな真似できない、あの時だからできた←実は、門下皆言ってる汗)
中学生の時に音大行こう!って決めて、これが高校三年生まで続いたんです
いや〜ツェルニーどんだけ恨んだか‥当時はね、でもツェルニーがいたから、色々な曲弾けるようになったなぁ‥って後で知ったのよ
基礎力つく
途中からショパンエチュードと並行になったのだけれど、ショパンはまだいいですよね、綺麗だもの✨曲として弾いていて楽しい
ツェルニーはいじめなの⁈ というレベル‥
でね、何言いたいかって、専門になるのは、半端じゃないなって
街のピアノ教室一番上手い子、小中学でピアノ上手い子‥で通ってたのなんて、なんの当てにもならん、履いて捨てるほどいるんです、それぐらいの子は!
全国レベルの教室入ったら、けちょんけちょんでした😭
そりゃ、音大の先生も〝その子の将来〟がかかってますから、下手なこと言えませんね、できないなら、受からないから辞めなさいって、はっきり言われる訳です
こちらは見捨てられたくない一心で食らいついていく‥そのうちにその教室にいても遜色ない程度のレベルにいつの間にか到達しているものなのです
‥
昔の自分の修行時代を回顧していました
何故なら、最近、教室から専門になりたい!という生徒さんがお2人出たのです
これは、ちゃんとみてあげないとなりません
本人がなりたい!と言ったら、その願いが叶うように導いて差し上げないとなりません
今のところですが、今年度の藝大ピアノ科の倍率が新聞に掲載されていました
近年稀にみる数字、2倍でした
2倍と言っても、本来倍率って関係ないのですがね、自分の相手となるレベルの人がどのくらい受けに来ているか?ですから‥
それにしても、少ないですね
本当にやりたい人だけがやる道になってきたのかもしれません
時代ですね、ピアノの時代も変化しますね
‥ 今回のblogは、久々吠えました笑
まぁ、人生のうちで、10代半ばから20代半ば(人やジャンルによっては後半?)にかけて、死に物狂いで〝何か〟を徹底してやったことはあるか?
それは何でもいいんです
青春期に〝何か〟一生懸命取り組んだものがあるかないか、で、その後の人生変わってくると思います(ずーっと受験生してる人、青春期過ぎても死ぬまで〝何か〟を磨く、追い求めている人、それが歴史に残るレベル✨巨匠です✨)
これやりたい!
お子さんお一人おひとり、そういうものが見つかって欲しいな!と思います
それが自信をつけ、生きる根っこをつくる
強いては、しっかり生きていく事に繋がる✨からです
😃
